木を見て森を見ず

今日も仕事。

夕方に外にでると、あらまぁ素敵な空

 

 

こういうのは本当癒されます。

見流していたバタバタの日々から、最近はこういう景色を観て感じれるようになったのは

心の余裕の表れかもしれませんね。

 

 

ちょっと立ち止まることで色々考える余裕がでます。

はぁはぁと走り続けては駄目ということですね。

 

題名の

木を見て森を見ず

 

これも最近聞いた言葉で、昔の人は本当に上手く言うなとも思うし

人間の悩みは今も昔も変わらず同じで、過去の偉人が残した言葉を取り入れた方が

いいんだろうなぁと今更ながら感じております。

 

そういう自らを正すというか勉強のために毎日数ページでも本を読もうとしていまして。

置いてた3冊は読み切ったので今晩にでも買いに行こうかなと思っていますが・・・

”オレたちバブル入行組”

を買う予定。・・・半沢に洗脳されています><

 

 

これと決めたり、この人のためならとなると、とことんなので、

こういうとこも直さないとしんどい生き方なのかな・・・

でもこれは自分の個性だから貫きますけどね。

 

 

仕事でも人間関係でも、ほんの一部だけを見過ぎて感情的になり、本質を見失って後悔するんだろうなと思います。

わたしの場合は全体を見過ぎて目の前の木が見えていないタイプ。

 

森を見て話しをしているのに、木を見てる人と話なんて合わないし衝突するのは当たり前だろうなと

この言葉から学べます。

お互いが視点を合わせれなければ破綻するんだろうとも思うし、

森を見てる人も少しは木しか見えない人の気持ちになる。

木だけを見てる人は森を見る努力をする。

それが歩み寄りってものでしょうね。

木を見てばかりに歩み寄ると駄目ですし、森を見る努力をしながら生きないと駄目なんでしょうね。

 

森を見なければ方向は定まらなくなり遭難するんでしょう。

そう考えたら、この言葉の重さを感じます。

 

@高橋